蝶々の亀治郎 ー投稿物語ーby Yuta Nita






とーん、とーん、とん、とん、とーん、
「おや、なんだろうあの音は?」

大きなソテツの、ギザギザとがった葉っぱのうらで眠っていた蝶々の亀治郎が目を覚ましましました。あたりを見まわすと、まだまだ真っ暗でありました。

「ふふん、このきいろい花はなんて甘い匂いがする、おいしい蜜なのかしらムニャムニャ。」
亀治郎の妹、お菊は寝惚けています。それもそのはず、二人ともつい最近まで蛹の中でしたので、お菊に至ってはまだ蛹だった頃の習性が抜けず眠る時間がとても長いのです。

この蝶々の兄妹が住むこの山域は安須森(アシムイ)と言い、ここでは植物がよく育ち、大きな実をつけ何より甘い蜜がとれるので、動物たちのあいだでは黄金山とも呼ばれました。

とん、とん、とん、
乾いた音が山の下から流れて来ます。
「わあ、お兄ちゃん見て。まんまるのお月さまよ。」
ようやく目を覚ましたお菊がにっこり嬉しそうに言いました。
亀治郎が夜空を見上げると、大きな大きな満月が、黄金山を照らしていました。
とーん、とーん、とーん、とーん、
兄妹がお月見をしているあいだにも、不思議な音が暗い森の中から響いてきます。
「お兄ちゃん、この音はいったいなにかしら?」
「うーん、ノグチさんの木を突く音でもないし、クイナさんの鳴き声とも似てないなぁ。」
亀治郎が答えを出せず困っていると、妹のお菊が言いました。
「わたしはなんだか優しい音に聴こえるの。とーん、とーんって、まるでお母さんの子守唄みたい。」
「、、、」
亀治郎はうつむき悲しい顔になりました。
兄妹の母親はまだ二人がイモムシだったころ、黄金山を突如襲った[回転する二つの翼を持つ鳥]に巻き込まれ死んでしまったのです
その鋼鉄の鳥は今だに不定期にこの山域にやって来ます。
とん、とん、とーん、
「お菊や、ぼくはあの音の正体を確認しに行ってくるよ。」
亀治郎はふわりと羽を広げて宙に浮かびました。
「くれぐれも気をつけてね、お兄ちゃん。」
お菊は兄に声をかけ、ふたたび眠りにつきました。

ヒラリ、ヒラリと音に近づいた亀治郎は大きなガジュマルを見つけ、突き出たコブにとまりました。
その立派なガジュマルはこの山の歴史をすべてを見てきた黄金山の長老でした。
そして老木は山の中腹にある御嶽を守るようにして太古の昔から、そこに立っていたので、人々から御神木として祀られておりました
とんとん、とーん、とーん、
音がいよいよ、すぐそこまで来ました。
亀治郎はコブの先に立ち、音の鳴る方へギュっと目を凝らしました
するとなんとも不思議な光景が亀治郎の前に現れてきました。
それは満月に照らされた山道を、若いお坊さんがゆっくりと登っているではありませんか。
月の光を全身に浴び、白衣の上にかけた糞尿衣がまるで黄金色に輝いているように亀治郎には見えました。
丸い団扇太鼓を打ち、その鼓の音にあわせて
「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経
ただでさえ人が入るのもめずらしい深く険しい黄金山、それも夜明け前のこの暗闇です。
亀治郎がすっかり驚いていると、
「やあ、蝶々さん。」
もぞもぞと、亀治郎のとまっている地面が動きました。ガジュマルのシワが開き、よく見るとそれはおじいさんの顔になりました。亀治郎のとまったところは年老いたガジュマルの鼻だったのです。
「どうやら、すっかり驚いているようだねえ。」
「うん。ガジュマルのおじいさん。ぼく人間のことはよくわかりません。あの人はこんなところで何をしているのですか?」年老いたこのガジュマルなら何か知っているかもしれない、と亀治郎は訪ねました。
「あのお坊さんはの、平和のために祈り歩くと言うのじゃ。この山から、遥か南にある摩文仁という丘までの。その願掛けのために、この山に登っているのじゃ。」
「この山の頂上には何があるのですか?」
「ふむ、、、今の若いもんのため、すこし昔話をしようかのぉ。」
年老いたガジュマルは静かに語り始めました。
「むかーしむかしの神代の時代、まだこの琉球国は海に浮かぶちいさな、細長いひものような島だったそうじゃ。しかしこの土地には強い力が宿っていてな、是非ここに美しい楽園を作りなさいと、天上の神様がアマミク女神を遣わして作られた島がこの琉球国なのじゃ。そしてこの黄金山はアマミク女神が一番最初に降臨した場所だと伝えられての、神様に感謝を捧げるための御嶽がこの山の頂上に造られたのじゃ。」
「そんなこと、今まで知らなかったなあ。」
亀治郎は素直に言いました。
「今の時代、こういう類いの話は誰も信じなくなってしまった。」
そして年老いたガジュマルが悲しそうに言いました。
「もう、この山もおしまいかもしれん。」
「えっ!?」亀治郎はまたもすっかり驚きました。
「まだ若いおぬしは知らんかもしれんがの、この山の周りには、、、いや、この琉球国ぜんたいにはな、人間が山や海を殺して作った戦争基地がたくさんあるのじゃ。」
ついこのあいだまで蛹の中にいた若い亀治郎には、まだ戦争というものがよくわかりません。「戦争基地ってなんですか?」
亀治郎の問いに年老いたガジュマルは深いため息をつき、一言こう言いました。
「神殺しの道具じゃよ、、、」
「、、、」
亀治郎は宙に浮き、近くの葉っぱに移りました。
「まだそれほど遠くないむかしにの、この琉球国でも戦争が起きたのじゃ。それは言葉にするのもおぞましい、ありったけの地獄を集めたような悲惨なものじゃった、、、
人間は、愚かなものじゃ。山河を壊し、自らを汚しても何も気づかん。
海も風も太陽も、、、わしもお前さんも、そして人間も、[大いなる魂]の一部であるということをのう。」
亀治郎はとても深く大切なことを教わった気がして、気になることを質問しました。
「じゃあこの山もいつか人間に壊されちゃうの?こんなに豊かで、綺麗な川が流れて、美味しい実や蜜をつける花がたくさん咲くこの山が。」
「ふむ、もう何百年もの間この山から下界を眺めておったがの、人間がいる限りこの地球は壊れ続けて最後にはなんもかも燃やし尽くされてしまうと、ワシ考えておった。」
とん、とん、とん、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
「しかしあの人間の鼓の音、お祈りの言葉が、ワシには人間が失ってしまった、[大いなる魂]のように思えてならぬのじゃ。人間もまだまだ捨てたもんじゃないのう。」
年老いたガジュマルは笑顔を取り戻して言いました。
亀治郎のとまった葉っぱの上からお坊さんがよく見えました。どうやら1人ではなく何人かの集団のようです。鷹の羽を掲げる者や、龍の目を模した風車を持つ者、青い瞳の若者や黒い肌の琉球人、そして体の不自由な老人までいました。
「あの者たちは国も言葉もバラバラのはずじゃが、[大いなる魂]で結ばれておる。」
とーん、、、、、。
太鼓の音が止みました。どうやら無事、頂上に着いたようです。
「いろいろ教えてくれてありがとうございました、ガジュマルのおじいさん。」
亀治郎は貴重な出逢いに感謝し、その気持ちを込めて言いました。
「僕は頂上まで行ってみます。」
そう言うと亀治郎はヒラヒラと上を目指して飛び立ちました。

頂上ではあのお坊さんを始め、みんながそれぞれお祈りを捧げていました。あるいは歌い、あるいは淡々と、あるいは先住民族の言葉で、あるいは琉球の言葉で。
しかしそれら全てが生きとし生けるものが持つ[大いなる魂]の祈りであると亀治郎は気がつき、亀治郎もいっしょに平和のお祈りを捧げました。
その時です。眼下に広がる海の下からお天道さまが顔をのぞかせました。
白い雲は茜に染まり、黒い海は黄金に輝やき、世界が光に包まれました。
亀治郎は思いました。
人間全員がこの太陽のように輝かしい[大いなる魂]を取り戻せたら、この地球から差別や戦争がなくなるのだろう。
逆に[大いなる魂]を取り戻すことができなかったら、この地球は破滅を迎えることになるだろう。

朝陽を迎えた黄金山、亀治郎は妹の待つソテツの木に戻りました。
「あ、お兄ちゃん、おかえりなさいっ。」
妹が明るく元気に言いました。
「わたし、あのあとお母さんの夢を見たの。夢の中でね、お母さんがこう言ったの。
『私の身体はなくなったけれども、心はいつもおまえたちと一緒だよ』って」

亀治郎はニッコリ笑いました。


(2017年の沖縄ピースウォークの参加者から送られてきた、短編物語を掲載させて頂きました。)

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