In southern Japan there is an island called Okinawa. Ryukyu is the previous name of this island before the Japanese invaded in the 17th century.

During World War Ⅱ, Okinawa was sacrificed to protect the Japanese mainland. At that time, the majority Okinawans were Japanised in an education system, forcefully taught a loyalty to Japanese Emperor. In 1945 the U.S. brutally invaded Okinawa — the ”Storm of Iron" — and took the lives of 1 out of 4 Okinawan people.

From 1945 to 1972, the island was ruled by the US Military government. Okinawa became a lawless area. In 1972, the island was returned to Japanese hands.

In July, 2014, both the Japanese and US governments started the construction of a new U.S. military base to have a new base in Henoko, although 20% of the island is already occupied by US Bases. Henoko is the site of beautiful Oura bay. The government plans to landfill Oura bay, an area of unusual of marine bio-diversity where endangered species live.

In June, 2015 opinion poll shows that 80% of Okinawan people oppose the construction of the base. In protest, the people have built a permanent community of tents in front of Camp Schwab, a US Marine Corps base, and we are there every day around the clock. Opposition includes the prefectural government of Okinawa and many national and local representatives in Okinawa are our side.

On 13th、October, 2015
A governor of Okinawa revoked a permission of reclamation which was signed by Previous governor.

The dispute over the new U.S.base's construction in Henoko between Tokyo & Okinawa is set to develop into a court battle.

4th March, 2016
the government of Japan and the Okinawa prefectural government reached a settle ment for lawsuits filed over the plan move U.S.Marine Corps Air Station Futenma to Henoko.

At the moment, All constructions in Henoko has stopped.
Until the Japanese Government violently restart again.

11th July 2016
While the Henoko is stop, Japanese government suddenly re-started TAKAE helipads Construction.
More than 500 riot police has been sent from main land.
Beautiful Rain forest's village has become a chaotic situation.

The determined people won't give up.

This blog is to spread the message and to tell the story of our non-violent daily action.


2016年5月17日火曜日

命の行進2016メイメイさん(台湾)報告 Report from Meimei in Japanese

平和行進のために出発する数時間前、私はまだ目の前に散らばる荷物をまとめられないでいた。
というよりも、日本へ行くか、行かないかまだ迷っていた。


それから6週間後、私達は750㎞を宮城県の仙台市から、東京の仏舎利塔のある大寺山まで歩いた。
行進を終えるといつものように皆にありがとうと感謝を述べた。でもこれで行進が終わってしまったとはなかなか実感できずにいた
行進で見て、聴いて、経験した一つ一つの事が私の体の細胞の一つとなった。
そして、私のなかのある部分が確かに変わり始めた。

実は日本に来るのはこれで5回目でした。しかし観光ではなく、日本をここまで掘り下げて見ることは今までなかったです。
日本山妙法寺の御出家の方々と歩くことは私にとって大きな挑戦でした。
朝から唱題が始まり、歩いているときも唱え、常に唱えていました。それは私にとって忍耐の修行となりました。
ある日、私は矢向庵主さんに「何故、南無妙法蓮華経といつも唱えるのですか。あなたにとって唱えることは何を意味しますか。」と尋ねました。
庵主さんは応えられました。「唱えている間、私達は思いやりと愛を草木でも花でも、動物そして人々、全てのものに送っているのです。」と云われました。
庵主さんの言葉は私を直撃しました。そして何故私は歩くのか理解しました。
私はただ台湾から来たというだけでなく、ただ人間としてだけでなく、ただ自分というものだけでなく、私は世界中と繋がっているので、自分が他国の人間であっても、私が美しい自然の中を歩こうが、汚染地帯を歩こうが、歩く意味は同じだということです。
行進中、私達に興味を持ち、話しかけてくる人はほとんどいませんでした。
例外は警察官と子供です。
私が推測するに、そのことが社会がこの行進に対して感じている事を表していると思います。“危なくて不思議”なもの。


国会議事堂の前で10名の警察官が私達に移動するように言ってきたとき、矢向庵主さんが動じない姿を見て、「そうだ、福島の人々の苦しみを思うとき、全国の放射能の恐怖、不安を感じている人たちを思えば、警察を怖れる必要なんてない」と感じました。
歩き始めた頃は何故多くの人々が原発、放射能の問題に対してもっと行動しないのか理解できませんでした。時が経つにつれ、歩くなかで少し理解できたことは、皆自分の感情を表に出すのを恐れているという事でした。
私達をみてすぐに家に入ってしまう人、私達をみて歩く方向を変えてしまう人、私は疑問を持ちました。
原発事故のあと、周りの人ほぼ全員が声を上げず、行動に移さない中で、自分が正しいと思う行動をとるのは難しいことで、何もなかったように振る舞うのは簡単でしょうか?
自然を守ることが私達にとって一番大切なことだと信じるのは、純真すぎますか?
私は人々のなかに恐怖を見ました。皆、将来に希望が見えず、原発事故による放射能の恐怖に立ち向かうことができず、今までどおりに何もなかったかの様に暮らすのが楽であるように生活をおくっています。
様々なことが頭を巡りますが、最後にはやはり、”核の連鎖を止めなければならない”、”人間はこの地球に対して責任を負わなければいけない”と思います。
私達は電気が造られる過程、またどれくらい無駄に使っているか、知る人は少ないです。
そしてもし、人間社会がもう少し、シンプルに生活できれば…。欲望を追い求めるだけでなく、次の世代のものたちの事を想うことができれば…と思います。

行進が終わり台湾に帰る前夜、台所でゆっくりとしていると突然ラジオから九州で大きな地震があったというニュースを聴き驚きました。
地震に対して人間は何も力をもたないし、核も暴走してしまえば人間は対処できません。この熊本地震のニュースにあい、再び何故私が東北を歩いたのか、思い起こしました。
仙台で出会った農家の方々の顔が浮かびます。汚染された森の木々が伐られ、道路沿いに積み上げられたフレコンバッグ(汚染物が詰まっている黒い袋)の景色、“除染作業中”と書かれたサインが立っている河川敷。
このような事実はもっと多くの人々に知られるべきだと思います。
当事者である希望を持てずにいる人たちは癒され、愛されることを必要としています。自然と調和した暮らしを取り戻しましょう。
私は今回の行進を歩き、多くの人たちに出逢えたことに、心から感謝致します。心も魂もズタズタにされてしまった人々に会いました。
しかし、そんな人々から笑顔をもらい、愛を頂きました。

行進団をお世話してくださった皆様、温かい心をそそいでくださった皆様ありがとうございました。
殊には、私と一緒に歩いて下さった人々に感謝致します。
強い心をもって見ること、聴くことを教えて下さいました。
早朝にお勤めをする事で、私に忍耐を教えて下さいました。謙虚になること、現実の世界に背を向けないことを教えて下さいました。
ありがとう、日本。これからも強くいて下さい。
自らの信じるところを貫き通してください。
メイメイ



2 件のコメント:

  1. ありがとうメイメイさん。
    Thank you so much MEIMEI-san.

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  2. 率直な感想、意見とても心に響きました。
    ありがとうございました

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