2016年7月 沖縄処分


皆様、報道等で既に大半の事はご存知の事と思いますが、高江の現地に居た者と して一連の出来事と、それについての感想をお伝えしたいと思います。

今からちょうど2週間前の夜、参院選の結果が発表されていくなか、沖縄 は十万六千四百票の大差でオール沖縄が自民党の島尻あいこ現職大臣を降 し、辺野古も高江も今後の見通しは良いだろうと安堵していました。(これ で沖縄県選出の全国会議員に自民党は居なくなりました)

翌日、11日早朝5時頃にたまたま村民が資材を積んだ車両の隊列が高江の ジャングル訓練トレーニングセンター(以下、北部訓練場)に入って行くの を目撃しました。

後から分かったことですが、日本政府は用意周到にこの日の為に準備して いた用です。

それからはまさに急展開で様々な事がこの二週間に起こりました。

日本政府はもちろんの事、沖縄防衛局、外務省、米国海兵隊、沖縄県警等 が翁長県政と県民の見えない所で様々な画策をし、法律、条例等を無視 し、説明もしないままに着々と工事着工に向かっていきました。

少しだけ例をあげれば、 違法な鉄柵を設置し抗議行動を排斥し。 基地を囲っているフェンスでさえ本来の米軍機地の境界線を越えて県道の 中まで設置している事が発覚し。 県の許可を得ず県警が独断で県道を封鎖、検問。検問ではトランクを調べ ようとする等の明らかな越権行為。 座り込みの人達が車を駐車していた県道にいきなり駐車禁止の標識をこれ また県の公安委員会の許可を得ず、名護署の署長の指示でという理由で設 置。 撤去されてしまったテントも車も法律上、警察やましては防衛局が撤去で きる法的理由はなかった。 挙げ句の果てには、警察車両の前に座り込んでいた市民を沖縄県警が跳ね た後、怪我していた男性を道の脇に無理矢理移動させ車はそのまま逃走す る。 などちょっとにわかには信じられない事が連続して起こりました。

少し変わった事例をあげれば、したっぱの防衛局員、各県機動隊員達も明 らかに動揺していました。何も知らされず沖縄に送られ、市民弾圧の命令 がくるが沖縄の人間が何故私達が体をはってでも工事を阻止するか、沖縄 の歴史をおじい、おばあが必死になって涙を流して伝える、かと思えば歌 を唄い踊りだす。 また新聞でも報道されましたが、防衛局職員(60名がうるま市の女性暴行 殺人事件を受け、他府県から集められ警備の理由で沖縄に派遣されていた のが、高江の警備、即ち米兵事件の防犯から一転、基地建設の要員に変 わった)が酷い管理下のもと仕事をさせられていることも分かり、炎天下の 中、直立不動でたちんぼしているのは想像以上にきついですし、不満の声 があがっていました、しかも24時間体制です。

警察官と会話してみて、彼らの行動原理はまさに全体主義の上意下達だと 感じました。

私が座り込みのリーダーの決定した事を行っていないと、なんと県警の男 性が、「リーダーが言っていることに従いなさい」と言い、私が「私達は 個人の意思で動いているから」と返答すると、彼は「あなたは自分勝手な 人だ」と言って立ち去っていきました。

何を言いたいかといえば、国家権力は、殊に今の安部政権は中央集権を強 め「我々に出来ない事などない」という姿勢のもとに沖縄への圧政を強め ているという事です。

最高権力を持つ政府が法的なプロセスを踏まずに物事をどんどん進めてい けば、これに抗うのは実に困難であります。

政府が暴走する時に止められないのは、それを黙認する多くの国民が居る からではないでしょうか?

私はこの一連の出来事を今は沖縄処分と呼びたいです。 500から1000名もの警察を全国から(千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、 福岡)送り、たった160名の高江区を制圧・圧殺しました。

このまま日本政府の暴挙を放って置けば、いつか必ず、いや、近いうちに 本土でも、法律を無視し、国権を行使してくる日が来るに違いないと感じ てます。

それほどまでの危機感を、この二週間の日本政府のやり方を体験し感じて います。

7月22日はある意味、沖縄が殺された日です。制圧された日です。 それは何故かと言うと、沖縄県政には何一つ通達せず、

縄防衛局等には根回しし、周到に準備し高江のオスプレイパッド工事の着 工を強行しました。

最後に、 先月辺りから既に完成してしまったN4のオスプレイパッドにはオスプレ イの離発着訓練の頻度が激増し夜中まで行っています。一番近い民家の安 次嶺家は夜、子供たちが騒音によって眠ることができずに今現在、隣の村 に避難することを余儀なくされています。この事をお母さんが泣きながら 訴えていました。

"北部訓練場の過半の返還は基地負担の軽減"と言うのが日米政府の一貫し た主張ですが、実は新しく造る予定のオスプレイパッドはその場所が海兵 隊の指示によって決まっていたのでした。元来の北部訓練場は海無しの、 森林部分だけでしたが、新たに造るG地区は宇嘉川の河口付近に建設され またそこから海の領域も米軍に追加提供されました。しかも、高江区を囲 うようにして。 SACO合意の基地負担軽減の仮面を裏返せば基地機能の強化、ということ はまさに辺野古と同じです。

SACO合意の本質は実は移設、機能強化ということでした。

ここまで欺かれ、弾圧される県民は、遂に心が折れてしまう人達もいるの です。

私自身も多少なりとも仏教を学ばせていただいたことが、心が折れない柱 となっていると思いますが、本当に沖縄の人達の心境を思うと悔しいです し、やりきれない想いも致します。

沖縄に来たことが無い方は是非一度お越しください。 来たことがある方もまたお越しください。 大したことは出来ませんが、少しはご案内出来ることと思います。

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