特別寄稿-アメリカ西海岸ワシントン州に住む仏教僧が語るアメリカの平和運動-

~米国北東端と北西端の平和行進 ~

米国北東端メイン州に住むブルース・ギャグノンさんは、ベテラン・ フォー・ピース(平和を願う復員 軍人の会)に属する平和運動家で北米大陸すべての日本山妙法寺の僧尼と 足かけ三十年にわたっ て密接な信頼関係を築いてきました。
今では「日本山のお太鼓とお題目に 導かれない平和行進は想 像できない。」と言う氏の目下の関心は、ドローンや駆逐艦をはじめアメリカの「国の柱」となっている 軍需産業、済州島はじめ韓国各地で進められている新規米軍施設、沖縄の 高江と辺野古に向けら れています。

氏はここ数年韓国、沖縄の米軍基地とその周辺への訪問を欠 かしません。それぞれの 市民、宗教者と互いに励ましあいながら着実に運動を展開しているのです 。
アメリカの平和運動家の 中で在外米軍基地問題を視野に入れている人の数はそう多くはなく、また その中の多くが戦場であれ、基地内外であれ外国暮らしを経験したベテラン(復員兵)である事に納得がいきます。
本年十月十一日から二十六日、グラフトン・レバレットの毎秋の宝塔様のお祝いの日程に合わせて 設定された五度目のメイン州での平和行進に参加しました。
「すべての軍事費に終止符を」と謳わ れ、基地や軍需産業に依存する町はじめ紅葉と白亜のキリスト教会に彩ら れた晩秋の町々を唱題 し、復員兵の旗とともに歩きました。

長くなりますが米国の成り立ちと抜 きさし難く結びつきた軍国主 義について語ってみたいと思います。

アメリカは侵略戦争を国是とし「神」としてきました。

米国ではどんなに 名もない田舎町でも戦没者 の名を刻んだメモリアルが町の最も目立つ場所にまつられています。
古く は内戦(南北戦争)、近くは イラク戦争の戦死者におよぶ碑は一見、海軍宇佐航空隊という特攻隊の基 地のあった私の生まれ故 郷の町の慰霊碑を想い起こさせます。
しかし、それは似て非なるもので す。
戦後七一年、アメリカが 戦争を休んだ日はありませんでした。そして例外なく国の外で繰り広げら れてきた戦争がもたらした 死者たち(兵士)の名前とその名を刻んだ大きな御影石の墓標が今も増え 続け、その終焉は誰にも 予測不可能です。
朝鮮・ベトナム戦争からグレナダ侵攻、ニカラグア介 入、湾岸、コソボ、アフガン、 イラクに至るまで。ソ連が崩壊する前もした後も雨や風が止む日はあって もアメリカ軍が軍事行動を 起こさない日がこれまであったでしょうか。
多くの帰還兵が指摘する如く この軍事行動とは世界無敵 の国家権力によって正当化されてきた「大量殺人」なのです。

この十月、高江の米軍ヘリポート建設から命と村を護ろうとした沖縄県 民を本土から来た若い機動 隊員が「土人」呼ばわりしたことが報道されました。

言うまでもなく米国 史は「土人」とさげすんだ先住 民アメリカ・インディアンが万年もの昔から生きてきた大地と命を奪い絶 滅寸前に追いやることから始まりました。
犠牲者の数は推定すらされていません。

フロンティアと呼ば れた白人開拓者と騎兵隊の 砦が西海岸に達した後、太平洋はアメリカ最大の湖と化しました。
ハワイやグアム、フィリピン、サモア やマーシャル群島。

日本も例外にあらず十九世紀半ばの黒船襲来から百年を経ずして首都の鼻先 の東京湾口に米海軍横須賀基地が置かれ、隣の韓国を含め沖縄と本土には 今や八百以上と言わ れる全世界の在外米軍基地のおよそ四分の一(一九六か所)が集まってい ます。
先住民居留地を訪ねると残念ながら今でも希望よりはるかに絶望が支配 しているように感じます。
北米先住民が被った虐殺の歴史と今全世界に「死」のハンバーガー・ チェーンとして展開する在外 米軍基地が世界の無特権の人々に与えてきた災いを区別することはできま せん。
おびただしい核実 験と原爆投下がアメリカが力ずくで奪った太平洋の島々や国とインディア ンの住む西部の砂漠で、ま るで「遊び場」で戯れるように行われてきました。

人類史上最も残酷な仕業ともいえる奴隷制度とともにアメリカのなりた ちと歩みはコロンバス以来の 西欧白人国家による有色人種支配、差別構造をこのうえなく鮮明に体現し てきました。

英語は今や がん細胞の様に増殖し続ける史上最大、唯一無二の帝国主義言語です。人 類史上アメリカほど急 速に強奪と暴力を繰り返して出来上がりのしあがった国はないでしょう。
たかだか二百年あまりの本 当に短い間に達成された出来事であったことを考える必要があると思いま す。

おびただしい在外米 軍基地が展開されたのが核爆弾同様戦後七十年あまりの出来事であった事 とあわせて。
私たちの御師匠様はガンディー翁とならんでこのからくりを痛いほどつ かれました。世の指導的仏 教者にあって稀有であり、歯に衣を着せず鋭く指摘されました。
ことに犠牲壇に立つこととなったアメ リカ先住民、黒人や被爆者の存在とその祈りの中に世界平和希求のよすがを提示されました。

わたしたち日本山妙法寺の存在意義は、北米に限らずともかかる人々の祈りに 続いてお太鼓をうち、歩 いていく事に尽きると思います。

メイン州はほとんどが保守的な片田舎です。
歩くと大統領候補トランプ 氏のおびただしい立て看板 と共に「ここはニューヨーク州ではない。
銃を持つ権利を護ろう(NY州は 知事自身も銃規制・原発廃 止を検討しています)。」というスローガンに出くわします。
この二年間、米国では無防備の黒人青年を白人警官が撃ち殺す事件が後を絶ちません。
これはほとんど聖域ともいえる武器所有が憲法第二 条によって保障されてきたこと、それとアメリカに(白人以外として) 一、二年でも住めばわかる事です が、社会に一貫してきた暗愚でおぞましい人種差別の反映です。

この八年間、大統領オバマ氏を含 む「銃規制」の試みは一度も成就しませんでした。
多くのアメリカ人は世界中に展開している米軍基地について全く疑問を 抱いていません。
国全体で およそ二億七千万丁あるという銃に考えが及びません。
それはまるで空気の様に自明のものなので 自覚がむずかしく、多くの場合、多数派であるアメリカ白人の大半の「無意識」のうちに眠っている 「我々は特別だ。なにしろ自由と民主主義を世界にもたらす為、神から使 命を託された国民なのだか ら。」という"選民感情"~マニフェスト・デステネィ(言わずと知れた宿 命)と一体化しています。
それでだ れからも頼まれてもいないのに教室のいじめっ子か世界の警察官の様にふ るまって平気でいられる のでしょう。
もしもマイアミに中国やロシアの基地があったらどう思うか などという想像力を欠いている のです。

アメリカでご修行し十三年あまりになります。
その間多くの平和を願う 宗教者や運動家と接する機会 を得ました。
アメリカが誇る巨大な軍事力と対極を成すようにアメリカには逞しい平和 運動の歴史があります。
信仰 と良心に基づいて服役することをためらわないカソリックの尼僧や神父さ んがおられるカトリック・ワー カー、かつて逃亡奴隷をカナダに逃すお手伝いをした兵役拒否のクエーカ ー、革新的で寛容な心 をもったユニタリアン教会等々、その柔和な外見と裏腹に鋼鉄のような意 志と行動力をもった人たち がいるのです。
その中でブルース氏はじめ目覚めた帰還兵、戦争の苦汁を 味あわされた人々は、多 くのアメリカ人が戦争の実態を一切知らされず、また自らがしている事に 全く目を背けている中で貴重かつ力強い存在です。

このたびのメインの行進は、ペナブスカットという美しい響きをもつ河の中洲にある同じ名の先住民 居留地から始まりました。
州最大六千人の雇用を誇る「バース鉄鋼所」は 米国の駆逐艦製造の一中心で、また最終地点ニューハンプシャー州にまたがるポーツマス海軍基地 では伝統的に原子力潜水艦が造られてきました。
その門前や帰宅する労働者の前に立って唱題しながら米国人の多くの家庭、その生計を支える元となっている軍隊や軍需産業に思いを馳せまし た。
結果的にこの地上に力と脅しによる安定よりもはるかに「死」や「憎悪」を再生産しながら、ごく一部には巨万の富を与え、政治家や権力者のほとんどがそれによって操られている国。

そのしくみを変えていこうとすることの途方のなさ、とりとめのなさを自覚しながら、かりそめにも仏弟子となったこ とは沈黙と諦め以外の選択肢を探り、実践していくことに外ならないのだと思います。

私たちのお太鼓は武器ではありません。

しかし、これが武器に対し、それ以上の力を発揮することが身をもって信じられることがたまにあります。
この行進のみならず、アメリカの平和運動を担い、継承 している人達がその太鼓が発する天からの「鼓動」に感謝してくださり、 ためらいもなく随喜讃嘆してく ださる姿です。
実際渦中にいるとわかりませんが、このご修行の形は仏教と云えば黙って山奥で瞑想 しているものと思いがちなアメリカ人に相当強烈な印象と感動をもたらしています。
この「方法」とは言うまでもなく八百年以上も昔、太平洋の潮風に吹かれて少年時代を送られ た一人の日本のお坊さんによってはじめられたものなのです。

アメリカでは平和運動はとりわけ宗教者によって担われてきました。
キ リスト教はかつて侵略と先住民文化破壊の最前衛にいましたが、どうじに昔も今も反戦平和の運動を 担ってその粘り強い基礎体 力となってきました。
大統領が就任式で聖書に手を置いて「善い政治家に なる事を誓う」アメリカは意 外にも日本よりはるかに「宗教国家」です。
そしてキリスト教会からの無償の援助がなかったらアメリカ で平和行進は成り立ちません。

私はかねてからアメリカの平和運動にもっと有色人種が参加する日が来 る事を願ってきました。
他ならぬ私がそのひとりですから。

概して白人には意見を述べる機会と場が 与えられるだけの政治・経済力とよりましな教育を受ける機会、付随して無条件の歴史的特権があ り、何より朝起きて町に出た 途端に毎日人種差別にさらされるストレスも理由もありません。
この国で 先住民や奴隷の子孫として 生まれると、アジアやアフリカ、中南米諸国から新たに移民してきた人達 よりもある意味で不幸です。
何故なら過去四百年にわたる「差別」が生んだ怒りと憎しみ、貧困と暴力 の連鎖が心身を傷つけ、当 たり前の(一級)市民として生きていける道を阻んできたからです。
三年前、リベラルな町として知られるオレゴン州ユージン市の婦人平和運動家が第五福竜丸で知 られるビキニ島のあるマーシャル諸島出身の学生さんからのメッセージを携えて、私の地元、太平洋岸米国北西部の毎夏の行進にやって来ました。

そこで「ノー・モア・ウィ スパード~これ以上ヒソヒソ話 はやめよう~」と題するマーシャル人(女性)初の水爆実験被害告発書の存 在を知りました。

翌2014年5月、マーク・バブスンさんというオレゴン州の州都セーラムでヴァイオリン教師をさ れている方から「アメリカで一番マーシャル諸島の人達が暮らしている (三千人)セーラムから長崎デ イに向けた平和行進をはじめてくださいませんか」と電話をいただきまし た。
爾来、マーシャルの人々との交流は今年(2016)年が三年目となり、昨年は国歌や踊りを披露 され、今年はマーシャル諸 島出身者の牧師さんが始めたキリスト教会に招待されました。

長崎に次いで史上4番目〈1946年7月1日)の核実験から換算して マーシャルで炸裂した原水爆の量は広島型原爆四千回分に相当します。
これは、原爆が一日も欠か さず十一年間落とされ 続けた量なのです。
マーシャルでは言うまでもなくロンゲラップ等汚染された島からの強制移住と被 爆者の放置、信じがたい疾病と被爆者差別(結婚、就職)などありとあらゆる苦悩、アメリカのおかした 悪徳行為が展開されてきました。

マーシャルの人たちは一見したところ想像した以上にシャイ(引っ込み思案)で純朴な人たちで、日本に二十五年間占領された後、アメリカ 軍が上陸占領して来た時は恐ろしくて物陰に隠れ、なすすべもなかったと言います。告発の先頭に 立ってきたマーシャル人の牧師さんと今春ラスベガスの核実験場への平和行進で出会いました。私は毎年夏マーシャルの人々が一人でも多く一緒に歩ける事を切に願っています。

シアトルで毎年一月、一週間行っている「マーティン・ルーサー・キング 師の日」の平和行進に今年 はメインから一夫婦が参加され、昨年はブルースさんが来られました。
今回はシアトル道場のあるベ インブリッジ島から十歳の中国出身の少年ベイリー・ヨシヒト君が参加し 全行程を歩きとおし、本人念願の玄題旗を持ちました。
またそのお母さんとマイラ信女が参加しまし た。
レバレット道場、グラフトン 道場より加藤上人、トビー上人、安田法尼が相前後して歩かれました。
米国北東端と北西端の平和 行進「交換留学」はこれからも続きます。
沖縄の米軍基地問題がかつてないほど正念場を迎えている中、御師匠様三十三回忌を迎え、外国からのお客様としては米国より最多の三十名以上の参詣者がみえる由うかがっております。
その方々のうちの大半が、法要翌日の十日に那覇に向けて飛び、米国各道場の出家はもとより、鴨下上人はじめ沖縄の日本山僧俗の関係者の方々と高江や辺野古で足かけ一週間 のご祈念をともにする予定です。全米各道場に集うこれら米国人の方々はいずれも街頭修行や平和行進のご縁がはじま りで、お太鼓を熱心にうってこられてきた方々です。

南無妙法蓮華経  
日本山妙法寺シアトル道場
合掌

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